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読書のお供

óωó本を読んで行き詰まったことなどóωó

フォン・ノイマンエントロピーは固有値のみに依存する

\def \den{\hat\rho}\def \tr{\mathrm{tr}} \def \ope{\hat{A}} \def \id{\hat{I}} \def \sha{\hat{P}} \def \opb{\hat{B}} \def \uni{\hat{U}} 沙川先生の"Thermodynamics of Information Processing in Small Systems" を読んでいます。今回は第四章の4.3節(量子の情報論)で真っ先にでてくるフォン・ノイマンエントロピーについて、これが固有値のみを通して密度演算子に依存することを確かめます。

Thermodynamics of Information Processing in Small Systems (Springer Theses)

Thermodynamics of Information Processing in Small Systems (Springer Theses)

フォン・ノイマンエントロピーの定義

まずは定義を述べます。量子状態が密度演算子\denで与えられるとき、フォン・ノイマンエントロピーS(\den)は \begin{equation}S(\den)\equiv-\tr(\den\ln\den)\label{teigi}\end{equation} となります。エントロピーというと、シャノン・エントロピーとの関係が気になりますね。実際、密度演算子\den固有値たち\{q_k\}_kを確率分布 Qと見てあげれば、 \begin{equation}S(\den)=H(Q)=-\sum_kq_k\ln q_k\label{shanon}\end{equation} と表せます(Hはシャノンエントロピー)。フォン・ノイマンエントロピーの定義\eqref{teigi}には演算子の対数関数という奇妙なものが含まれていますが、\eqref{shanon}式は結局\den固有値のみに依存することを示しています。今回はこれを示します。

エルミート演算子の対数関数

演算子に対する対数関数はテイラー級数展開で次のように定義されます。 \begin{equation}\ln\ope = \sum_{n=1}^{\infty}\frac{(-1)^{n+1}}{n}(\ope-\id)^n\label{taitei}\end{equation} 要するに\opeの冪の無限級数ですね。演算子の冪を考えるとき、特に演算子がエルミートであれば(密度演算子はエルミート)、スペクトル分解により射影演算子\sha_kの線型結合 \begin{equation}\ope=\sum_k a_k \sha_k\end{equation} に表すと便利です(a_k固有値 \sha_kはそれに対応する射影演算子)。なぜなら射影演算子は \begin{eqnarray}{\sha_k} ^n&=&\sha_k \label{s1}\\ \sha_i \sha_j &=& 0\ (i\neq j)\label{s2}\end{eqnarray} を満たすために、 \begin{eqnarray}\ope^n &=& \left(\sum_k a_k \sha_k \right)^n\\ &=& \sum_k a_k^n {\sha_k}^n\\ &=&\sum_ka_k^n \sha_k \end{eqnarray} と演算子の冪が係数の冪に置き換えられるからです。 さらに射影演算子\sum_k \sha_k = \idを満たします。これら射影演算子の性質を利用すると、定義\eqref{taitei}式からエルミート演算子の対数関数は以下のように計算できます。 \begin{eqnarray} &&\ln\ope\\ &=&\lim_{N\rightarrow\infty}\sum_{n=1}^N\frac{(-1)^{n+1}}{n}\left(\sum_k p_k \sha_k-\sum_k \sha_k\right)^n\\ &=&\lim_{N\rightarrow\infty}\sum_{n=1}^N\frac{(-1)^{n+1}}{n}\left(\sum_k (p_k -1) \sha_k\right)^n\\ &=&\lim_{N\rightarrow\infty}\sum_{n=1}^N\frac{(-1)^{n+1}}{n}\sum_k (p_k -1)^n \sha_k\\ &=&\lim_{N\rightarrow\infty}\sum_k\left(\sum_{n=1}^N\frac{(-1)^{n+1}}{n}(p_k -1)^n\right)\sha_k\label{infofsum}\\ &=&\sum_k\left(\lim_{N\rightarrow\infty}\sum_{n=1}^N\frac{(-1)^{n+1}}{n}(p_k -1)^n\right)\sha_k\label{sumofinf}\\ &=&\sum_k(\ln p_k) \sha_k\label{taisu} \end{eqnarray} みごとに演算子の対数関数が固有値の対数関数に置き換わりました。

密度演算子もエルミート

今一般にエルミート演算子について対数関数を求めました。さてありがたいことに今回扱う密度演算子はエルミート演算子です。実際密度演算子は、量子的な純粋状態|\phi_k\rangle\ (\langle\phi_k|\phi_k \rangle=1)の統計的混合\{p_k,\phi_k\}\ (\sum_k p_k = 1)状態に対して \begin{equation}\den=\sum_k p_k |\phi_k\rangle\langle\phi_k|\label{mitu1}\end{equation} と与えられます。和のエルミート共役はエルミート共役の和であること、また実数p_kのエルミート共役はそれ自身であることを考えれば、エルミートであると分かると思います。もし各純粋状態\phi_kが互いに直交していれば式\eqref{mitu1}がそのままスペクトル分解を与えるのですが、そうでない場合は改めて固有値q_k固有ベクトル|k\rangleを求めて \begin{equation}\den=\sum_k q_k |k\rangle\langle k|\label{mitu2}\end{equation} とスペクトル分解します。各|k\rangle\langle k|が射影演算子となっています。次節ではスペクトル分解の表記を\eqref{mitu2}に統一してフォン・ノイマンエントロピーを計算します。

フォン・ノイマンエントロピーの計算

エルミート演算子の対数関数\eqref{taisu}に密度演算子のスペクトル分解\eqref{mitu2}を適用して、再び射影演算子の性質\eqref{s1},\eqref{s2}を用いることで、\eqref{teigi}式からフォン・ノイマンエントロピーは以下のように計算されます。 \begin{eqnarray} &&S(\den)\\ &=&-\tr\left(\left(\sum_k q_k |k\rangle\langle k|\right)\left(\sum_{k'}(\ln q_{k'}) |k'\rangle\langle k'|\right)\right)\\ &=&-\tr\left(\sum_{k,k'} q_k \ln q_{k'} |k\rangle\langle k|k' \rangle\langle k'|\right)\\ &=&-\tr\left(\sum_{k} q_k \ln q_k |k\rangle\langle k|\right)\\ &=&-\sum_{k'}\langle k'|\left(\sum_{k} q_k \ln q_k |k\rangle\langle k|\right)|k' \rangle\\ &=&-\sum_{k',k}q_k \ln q_k \langle k' |k\rangle\langle k|k'\rangle\\ &=&-\sum_{k}q_k \ln q_k \end{eqnarray} こうしてフォン・ノイマンエントロピーとシャノンエントロピーの関係を示す式\eqref{shanon}が示されました。またこの式は、フォン・ノイマンエントロピーが密度演算子に対して固有値を通してのみ依存するということも示しています。

フォン・ノイマンエントロピーのユニタリ変換不変性

固有値のみに依存するという性質からすぐに、密度演算子をユニタリ変換してもフォン・ノイマンエントロピーは変わらないということを示せます。なぜならユニタリ変換は固有値を保存するからです。まず演算子\opeの任意の固有値aと対応する固有ベクトル|\phi\rangleに対して \begin{equation} \ope|\phi\rangle=a|\phi\rangle \end{equation} が満たされます。次に\opeに対して任意にユニタリ変換を行った演算子\opb=\uni\ope\uni^{\dagger}をベクトル|\varphi\rangle=\uni|\phi\rangleに作用させると \begin{eqnarray} &&\opb|\varphi\rangle\\ &=&\uni\ope\uni^{\dagger}\uni|\phi\rangle\\ &=&\uni\ope|\phi\rangle\\ &=&\uni a|\phi\rangle\\ &=&a\uni|\phi\rangle\\ &=&a|\varphi\rangle \end{eqnarray} が成り立ちます。ここから\opb固有値固有ベクトル|\varphi\rangleを伴って\opeと同じ固有値aを持つことが分かります。したがってユニタリ変換は固有値たちを保存するため、固有値のみに依存するフォン・ノイマンエントロピーを変えることがないのです。つまり \begin{equation} S(\uni\den\uni^{\dagger})=S(\den) \end{equation} このことから、ユニタリ変換によって与えられる量子状態の孤立系における時間発展が、フォン・ノイマンエントロピーを保存するということも結論されます。

ちょっと課題

演算子の対数関数を求める式変形ではおそらく極限操作の際に演算子に備わったノルムやその完備性を使う必要があったはずだと思います。おそらく\eqref{infofsum}式から\eqref{sumofinf}式の変形で和の極限が極限の和になること、スカラー積の極限が極限のスカラー積になることを用いているので、そこら辺はもうちょっと厳密な議論を把握すべきなんだと思うので課題です。